- シンガポールのEC市場は2025年に前年比+17〜18%台の成長を記録しており、2026年以降も二桁成長が見込まれています。市場はShopeeがGMVシェア約半数を握る一方、Lazada・Amazon.sg・TikTok Shopが追う構図です。
- 参入にあたっては法人設立の要否よりも先に、GST(消費税)の登録義務(OVR)・少額輸入品への課税(LVG)・個人情報保護法(PDPA)という3つの制度チェックポイントを押さえる必要があります。
- 参入形態は「越境直送→現地在庫→現地法人」の順に投資と関与度が重くなる階段状の選択肢として整理でき、事業規模と成長フェーズに応じて段階的に移行するのが基本の考え方です。
2026年7月時点の情報です。制度は必ず一次情報をご確認ください。
市場の現在地
シンガポールのEC市場は、複数の調査機関のデータを見ても拡大が続いています。GlobalDataの推計では、EC市場規模は2025年にSGD34.4億(前年比+18.8%)、2026年にはSGD40.5億(同+17.7%)に達し、2030年にはSGD63.4億まで拡大すると予測されています(GlobalData, 2026年3月)。
一方、Google・Temasek・Bainによる「e-Conomy SEA 2025」レポートでは、シンガポールのEC流通額(GMV)は2025年に約US$29億(前年比+7%)とされています。東南アジア全域のデジタル経済GMVは同年に初めてUS$300億を突破しており、シンガポールはこの地域全体の成長を牽引する市場の一つです(Google/Temasek/Bain, 2025年11月)。
両者は算出手法や集計対象が異なるため単純比較はできませんが、成長率・市場規模ともに「小さいが濃い」市場として拡大を続けている点は共通しています。人口約600万人規模の国内市場でありながら、越境購買が活発で決済インフラも整備されているため、東南アジア進出のテストマーケットとして位置づけられることが多い市場です。
チャネル地図
プラットフォーム別のGMVシェアを見ると、2025年のシンガポール市場はShopeeが約48%を占めて首位に立ち、Lazadaが約22%で続きます。Lazadaの東南アジア全体平均シェアは約9%であることを踏まえると、シンガポールはLazadaにとって相対的に強い市場であることがわかります(Momentum Works, 2025年)。
月間訪問数ベースでは、Shopeeが約1,321万件、Lazadaが約615万件、Amazon.sgが約504万件、AliExpressが約150万件という順とされています(Statista, 2026年)。Amazon.sgが訪問数で上位に入っている点は、他の東南アジア市場と比べたシンガポールの特徴の一つです。
近年の変化として存在感を増しているのがTikTok Shopです。モバイルコマース全体の約28%のシェアを占め、動画コマース経由の流通額は前年比+72%で伸びているとされています(業界レポートベースの参考値)。ライブコマース・動画コマースが購買導線として定着しつつある点は、チャネル設計を検討する上で見過ごせない動きです。
買い手を知る
シンガポールの消費者は越境購買への抵抗が世界的に見ても低いことが特徴です。越境購入に抵抗がないと回答した消費者は98%に上るとされ、これは世界平均の89%を大きく上回ります。また69%が月1回以上のペースで越境購入をしているとされています(Airwallex/Statista, 2025年、二次引用)。
オンライン購買者のうち海外セラーから購入した経験を持つ層は56.7%に上るとされ、これは世界最高水準の比率とされています。越境購入が多いカテゴリはファッション(75%)、スキンケア(60%)、電子機器(56%)の順で、越境購入の流入元の約62%が中国発とされています(Statista, 2025年)。
日本発の商品については、ビューティー・サプリメント・雑貨・アニメ関連グッズといったカテゴリで受容されているとされています(Shopee Japanコラム, 2025年)。
決済面では、国内送金アプリのPayNowが住民の約83%に利用されているとされ、EC決済金額全体の60〜70%程度をクレジットカードが占めるとされています。BNPL(後払い決済)も伸長しているとされています(HitPay, 2025-26年)。日本のように単一の決済手段に依存せず、複数の決済チャネルへの対応が前提となる市場です。
制度の全体地図
シンガポールでEC事業を行う際に押さえておくべき制度は、大きく分けて「法人設立の要否」「GST(消費税)関連の登録義務」「製品規制」「個人情報保護」の4系統です。
法人設立は、必ずしも参入の前提条件ではありません。ただし現地に法人を設立する場合は、現地居住の取締役1名以上の選任、法人秘書役の6ヶ月以内の選任(現地居住者)、現地の登記住所の確保が必要です。外資100%での出資は可能です。2025年6月からは登録住所や役員などの登記情報(RRC)の変更届出を2営業日以内に行う運用に厳格化されたとされています(Ogier, 2025年)。
GST(消費税)については、海外事業者向けの登録制度であるOVR(Overseas Vendor Registration)の理解が重要です。グローバルの売上高がS$100万を超え、かつシンガポールの消費者向け(B2C)売上高がS$10万を超える事業者には、GST登録義務が生じます。また2023年1月からは、S$400以下の航空便・郵便による輸入品についてもGST課税対象となるLVG(低価値輸入品)制度が導入されており、GST税率自体は2024年1月から9%です。なお、インターネット上には「少額免税(de minimis)制度が完全撤廃された」とする記事も見られますが、シンガポール関税局公式サイトではS$400以下の航空便貨物に対する輸入GST減免の枠組み自体は継続すると明記されており、制度の詳細やGST登録義務の実務については、公式情報を優先して確認する必要があります。GST登録の実務的な論点は姉妹記事「シンガポールGSTと越境EC」で詳しく解説していますので、あわせてご確認ください。
製品規制では、化粧品を扱う場合、HSA(保健科学庁)へのPRISM通知が販売前に必要です。ライセンスとしての事前承認は不要ですが、届出義務があります。HSAは2025年1月時点でEC上の違法な健康関連製品を3,300件超摘発しており、EC上の製品規制に対する取締りは強化傾向にあります(HSA公式情報/Baker McKenzie, 2025年)。
個人情報保護については、PDPA(個人情報保護法)の現行の枠組みは2021年2月に施行された改正版が基準となっています。違反時の罰金上限はS$100万または年間売上の10%のいずれか高い方です。2025〜26年にかけての実体的な改正は確認されておらず、越境ECで顧客データを取り扱う事業者は現行のPDPA枠組みへの対応が引き続き求められます。
物流の選択肢
シンガポール国内の主要なラストマイル配送事業者としては、Ninja Van、J&T Express、SingPost、Qxpress、GrabExpress、DHLなどが挙げられます(Aspire, 2026年)。ラストマイル物流市場自体は2025年の約USD129.8億から2031年には約USD255.7億へ、年平均成長率(CAGR)約11.97%で拡大すると予測されています(Mordor Intelligence)。
参入時に検討すべきなのが、越境直送と現地在庫のどちらを選ぶかという構造的な判断です。越境直送は初期投資が小さく始めやすい一方、リードタイムが長くなりやすく、注文ごとに通関手続きが発生します。現地在庫は事前に在庫を現地に置くことでリードタイムを短縮でき、返品対応もしやすくなりますが、在庫費用や現地オペレーション体制の構築コストが必要になります。どちらが適しているかは、取扱商品のカテゴリ、想定される注文頻度、価格帯によって変わります。
参入形態の選び方
シンガポールへのEC参入は、投資と関与度の観点から段階的な選択肢として整理できます。
第一段階は越境直送です。初期投資を抑えて市場の反応を見たい場合や、取扱商品数・注文頻度がまだ少ない立ち上げ期に向いています。ただしLVG制度により少額輸入品にもGSTが課税されるため、価格設計の段階から税負担を織り込む必要があります。
第二段階は現地在庫です。注文が一定量に達し、リードタイムの短さや返品対応の質が競争力に直結するフェーズで検討されます。現地の物流事業者を活用した在庫運用が中心となり、越境直送よりも運営体制への投資が必要になります。この段階でOVRの登録基準(グローバル売上S$100万超・SG向けB2C売上S$10万超)に近づく事業者も多く、GST登録義務の有無を継続的に確認する必要があります。
第三段階は現地法人の設立です。現地でのブランド展開、現地パートナーとの契約、化粧品などの製品規制対応、継続的な現地オペレーションを見据える場合に選択肢となります。現地居住取締役や法人秘書役の要件、登記情報の届出義務など、法人としての継続的なコンプライアンス対応が必要になります。
いずれの段階を選ぶ場合も、GST・製品規制・PDPAという制度上の論点は共通して確認が必要です。市場参入の実務はTNGAPにご相談ください。
用語ミニ解説
海外事業者向けのGST登録制度。グローバル売上S$100万超かつSG向けB2C売上S$10万超で登録義務が生じます。
少額輸入品へのGST課税制度。2023年1月からS$400以下の航空便・郵便輸入品も課税対象となりました。
シンガポールの個人情報保護法。2021年施行の改正版が現行の基準で、違反時の罰金は最大S$100万または年間売上の10%です。
出典リスト
- GlobalData「Singapore E-commerce Market to Register 17.7% Growth in 2026」(2026年3月) https://www.globaldata.com/media/banking/singapore-ecommerce-market-to-register-17-7-growth-in-2026-forecasts-globaldata/
- Google / Temasek / Bain「e-Conomy SEA 2025」(2025年11月) https://www.temasek.com.sg/en/news-and-resources/news-room/news/2025/e-conomy-sea-2025-report-aseans-digital-economy-poised-to-surpass-300-billion
- Momentum Works「Southeast Asia's platform e-commerce reaches US$157.6B in 2025」(2025年) https://thelowdown.momentum.asia/new-report-southeast-asias-platform-ecommerce-reaches-us157-6b-in-2025-with-top-platforms-expanding-share-to-98-8/
- Statista(2026年) — プラットフォーム別月間訪問数データ
- Airwallex / Statista(2025年、二次引用) — 越境購買行動データ
- Statista(2025年) — 越境ECカテゴリ・流入元データ
- Shopee Japanコラム(2025年) — 日本商品の受容カテゴリに関する定性情報
- HitPay(2025-26年) — 決済手段動向レポート
- Ogier(2025年) — シンガポール法人設立・RRC届出動向
- シンガポール関税局(customs.gov.sg)公式ページ(2026年2月更新確認) — OVR・LVG・GST税率
- シンガポール保健科学庁(HSA)公式情報 / Baker McKenzie(2025年) — 化粧品規制・EC取締り動向
- Aspire(2026年) — 主要ラストマイル物流事業者
- Mordor Intelligence — シンガポールラストマイル物流市場規模予測
Published by TNGAP Editorial · 最終更新: 2026年7月